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前橋地方裁判所高崎支部 昭和46年(ワ)51号 判決

原告 佐藤博

右訴訟代理人弁護士 石川浩三

被告 株式会社平野屋

右代表者代表取締役 須田テルジ

右訴訟代理人弁護士 波多野行蔵

被告 株式会社コオジヤ

右代表者代表取締役 飯島藤平

右訴訟代理人弁護士 遠藤良平

主文

原被告間の当庁昭和四五年(手ワ)第七八号為替手形金請求事件の手形判決を全部認可する。

異議申立後の訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一  当事者双方の申立、原告の請求の原因とこれに対する被告らの認否は手形判決記載のとおりであるからここにこれを引用する。

二  被告らの抗弁

1  (被告平野屋)

(一)  (手形の移転経路)

(1) 手形判決添付の別紙手形目録(一)及び(三)の手形は受取人株式会社信越食糧(以下訴外会社という)が大生相互銀行に割引のため裏書譲渡し、不渡後に訴外会社が買戻して原告に交付した。

(2) 同(二)の手形は前同様のいきさつで、訴外会社―埼玉銀行―訴外会社―原告と移転した。

(3) 同(四)の手形は、訴外会社が群馬県商工信用組合に割引のため裏書譲渡し、満期前に訴外会社が買戻し、同社において取立委任をして不渡後に原告に交付した。

(二)  (訴外会社に対する相殺の抗弁)

被告平野屋は訴外会社に対し同社引受にかかる為替手形四通(その詳細は手形判決記載のとおり)を所持し、これらを満期に支払呈示したので、手形金合計一三二万一九三五円および各手形の満期の翌日から完済まで年六分の割合による利息金債権を有する。

(三)  本件各手形はいずれも期限後に訴外会社から原告に譲渡されたのであるから、被告平野屋は訴外会社に対する相殺の抗弁をもって原告に対抗できる。よって前記債権を自働債権として本訴請求債権と対当額で相殺の意思表示をする。

(四)  仮に右期限後譲渡の事実が認められないとしても、原告は訴外会社の代表取締役佐藤光男の実弟であり、同人から事情を打開けられて前記自働債権の存在につき悪意の取得者であるから右相殺の抗弁の対抗を受ける。

(五)  原告は訴外会社から隠れた取立委任を受けたものである。

2  (被告コオジヤ)

(一)  (手形の移転経路)

(1) 別紙手形目録(五)および(六)の手形は受取人訴外会社が埼玉銀行に割引のため裏書譲渡し、不渡後に訴外会社が買戻して原告に白地裏書した。

(2) 同(七)の手形は訴外会社が取立委任をして不渡後に原告に白地裏書した。

(二)  (訴外会社に対する相殺の抗弁)

被告コオジヤは訴外会社に対し昭和四五年九月三日から同年一一月五日までの間にソーセージ、みそ等を売渡し、その代金残債権一〇七万五九七九円を有したところ、同被告と訴外会社との間には、訴外会社が支払停止をしたときは同被告に対する全債務につき期限の利益を失い、同被告の債権と訴外会社の債務とは対当額で当然相殺される旨の約定がある。そして訴外会社は昭和四五年一一月五日支払停止をしたので、当日現在において本訴請求債権は当然相殺されたものである。なお、同被告は本訴においても相殺の意思表示をする。

(三)  本件各手形はいずれも期限後に訴外会社から原告に譲渡されたのであるから、被告コオジヤは訴外会社に対する相殺の抗弁をもって原告に対抗できる。

(四)  悪意ならびに隠れた取立委任の主張は被告平野屋の主張を援用する。

三  抗弁の認否

1  被告平野屋主張の手形移転経路は否認する。別紙手形目録(一)ないし(三)の手形は原告が直接被告主張の銀行から買戻したものであり、(四)の手形は訴外佐藤光男から原告が譲渡を受けたものである。自働債権の存在は不知。

2  被告コオジヤ主張の手形移転経過および期限後裏書の点は否認、別紙手形目録(五)(六)の手形は原告が直接被告主張の銀行から買戻したものであり、(七)の手形は訴外佐藤光男から原告が譲渡を受けたものである。自働債権の存在は不知。

3  悪意の事実は否認する。

四  証拠≪省略≫

理由

一  請求原因事実については当事者間に争がない。

二  そこで抗弁について判断する。

1  まず本件手形の移転経路について考えるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件手形七通は、いずれも受取人である訴外会社がそれぞれ引受人である被告らから受領した後、別紙手形目録(一)及び(三)の手形は大生相互銀行に、同(二)、(五)及び(六)の手形は埼玉銀行に、同(四)及び(七)の手形は群馬県商工信用組合に、いずれも割引のため裏書譲渡していたところ、訴外会社が昭和四五年一一月六日頃倒産したため、引受人である被告らが支払を拒絶しいずれも契約不履行を理由に不渡となった(ただし、右(四)及び(七)の手形を除く。)。そのため右各金融機関は訴外会社の代表取締役であって右各金融機関との取引における訴外会社の連帯保証人となっていた訴外佐藤光男に対し、保証人として割引手形の買戻をなすことを内容証明郵便で請求した。光男は右各金融機関ほか二行に対し、訴外会社の保証債務の履行として既に約二八〇〇万円を弁済していたが、本件手形の買戻資金に窮したため、実弟である原告に右資金の融通を依頼し、約一三〇万円を借受けて同年一二月初頃前記各金融機関を回って本件割引手形の買戻(前記(四)及び(七)の手形については満期前の買戻)をし、これをその頃原告に交付したことが認められる。右の事実によれば、本件手形の買戻人は訴外佐藤光男個人と認めるのが相当であるから、本件手形の現実の移転経路は、被告ら―訴外会社―割引金融機関―佐藤光男―原告の順と認められる。≪証拠省略≫には、前記(二)の手形の買戻人は訴外会社である旨の記載があるが、前掲各証拠に照らすときは必ずしも真相を伝えるものとは断じ難く、単に銀行の判断を示す記載にとどまるものと解される。そして他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  被告らの抗弁はいずれも原告が訴外会社から本件手形を取得したことを前提とするものであるが、右に見たようにこの事実が認められない以上被告らの抗弁はすべて失当であるといわざるを得ない。

3  もっとも、民事保証人が主債務者の銀行に対する手形買戻義務を主債務者に代って履行し、よって割引銀行から割引手形の期限後裏書を受けた場合について、かかる保証人は、結局は、手形を受戻した裏書人(割引依頼人)自身が、前者に対する権利を行使すると同一の目的のために手形を取得するに外ならないから、保証人は裏書人が前者に対して有するより以上の権利を取得し得ないとして、手形債務者は裏書人に対抗し得る人的抗弁をもって保証人にも対抗し得るとする見解があり(大阪高判昭三四・七・七下民一〇・七・一四七〇)、この立場から被告らの抗弁を善解する余地もないではないと思料されるが、保証人は裏書人の地位から独立して手形上の権利を取得するものと解すべきであるから、右の見解に賛同することはできない。

4  また、被告らが悪意の抗弁において原告と前記佐藤光男との兄弟関係や知情関係などを云云する点は、これまた善解ないしは釈明により前認定事実関係のもとにおける悪意の抗弁と構成し得る可能性ありと解されないでもないが、被告らが本件各手形の割引金融機関の悪意につき主張立証をしていないことは明瞭であるから、仮りに佐藤光男が悪意の手形取得者であったとしても、被告らは訴外会社に対する相殺の抗弁をもって佐藤光男に対抗できないものといわざるを得ない(最判昭三七年五月一日民集一六巻五号一〇一三参照)。もっとも、この点については手形抗弁の属人性を強調して、善意者の介在によって人的抗弁が切断されることを否定する見解がある。しかしながら、本件の如き保証人の買戻の事案にあっては、保証人は法律上の義務に基づいて買戻を強制されるのであるから、手形の取得について意思決定の自由を有するものではないことが考慮されるべきであり、この限りでは、(かりに右属人性説を否定しないとしても)やはり人的抗弁の切断を認め、もし個人会社において代表者が保証人となっているような事案で結果の不当が生ずるときは、法人格否認の法理の活用などを考慮すべきであると思われるから、右の見解に左袒することもできない。

三  以上の次第であって、被告の抗弁は理由がないから原告の請求はすべて理由ありとして認容すべきである。そこで民訴法四五七条、四五八条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

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